葛西総合研究所Blog-ENSIS Note3.5

何となく元気です

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TwitterはOn/Offの境界を曖昧とか、どこの話なのだか

最近の、いや、結構昔からの家庭ITの中では、ON(Line)のOFF(Line)のといろいろと、ネット上での表現やコミュニケーションをどう捕らえるかの模索をしていたようですが、よくよく考えると

TVはONなのか、OFFなのか。ラヂヲは?電話は?ケータイは?メールは?手紙は?本は?

と、(広義の)メディアによって、何がONで何がOFFかわからなくなってしまう次第。つまりまぁ、だんだんと慣れたメディアから自然とナチュラルに感じるようになって、わざわざONもOFFも考えなくなるのだろうな、と。

ただ、Internetの場合、メディアとしてはかなり強力で、

・個々人が、低コストで、ほぼ無制限の不特定多数に情報発信できる。その逆も然り。

という特徴があります。そして、決定的になかなか慣れづらい点は、

・思想として、情報の受発信者の匿名性が高い。

というところで、得てして情報の発信者は「誰か」であり、その誰かは、実際の誰かかどうかわからないという、とりあえず、一般的な己も相手も確定している(と、思っている)コミュニケーションと違うところがございまする。

ブログなんというのは、半ば雑誌的なメディアで、ライターとリーダーがいて成り立つわけでして、これは、通常一般的に流通しているコミュニケーションとは明らかに違うワケです。

そんな中で、mixiは、情報の流通をコントロールさせる事でかなり「現実だな」的な感覚が沸いて来るわけでございます。大きくは二つの要素で、

(1)範囲の限定
つまり、どの範囲に閲覧させるか、閲覧されたかがわかる。情報をどの程度まで展開するか、そして、どの程度展開されたかがわかる。

(2)継続的なIDによる固定的人格の成立
誰か、は常に「その誰かさん」で、プロゴルファー猿のミスターXのように、ミスターXという自他が認める「個人」なっている。そして、そのミスターXは、登場する回によって「中の人」が違うことは想定されていない。

という次第だと思います。擬似的に、毎晩飲み屋で時間を共にする「仲間」とのコミュニケーションというレベルのメディアを作り上げています。その飲み屋に来る、高木さんは、実は毎日中身が変わっている、なんてちょっとスリリングな事は無いので、安心してOFF的な感覚に浸れます。

そしてもって、Twitterなのですが、こちらは、馴染みの赤提灯とはちょっと違う意味で、OFF的感覚。

こちらは、情報の流通の制限はできません。ただし、ミスターXはミスターXであり続ける、IDの永続性はかわりません(それは、幻想である可能性は高いのですが)。mixiと大きく違うのは、頻繁に情報を発信できます。その頻度が高ければ高いほど、現実の生活に混ざった「習慣」になって行きます。これは、完全に「慣れ」の勝利です。
ケータイのメールが来るのが「現実的」であるように、Twitterという謎の掲示板に、「今、俺は日記を更新してるんでっす」といのは非常に現実的、かつ、(有名人やサービスを考えている人以外は)何も考えこむ必要の無い極めて短いメッセージという、情報量の制限による、作り込みをする間隙の少ないところが、更に現実性を演出します。

というわけで、mixiとTwitterが、やたら最近、ネットのあり方云々の話に出てくるので、だらだら思いつくままに、この2つのサービスの違いを書いてみました。

本当は、もすこしわかりやすくまとめたいのですが、そこはそこ、どこかの碩学にお任せします。
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